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小さな香り歳時記 16「新涼」

イラストレーターでエッセイストの平野えり子さんのコラム「小さな香り歳時記」。
四季のある日本の暮らしの中で、ふと感じる季節、ふと漂ってくる香りを綴っていただきます。(偶数月更新)
第十六回目は「新涼」です。




暑い季節は、とにかく涼しさを求めて日陰にはいったり、空調のきいた部屋で過ごしたり。
八月の上旬に暦では秋になるけれど、残暑はまだしばらく続きそう。

冷たい甘味を口にするのも、いい暑気払いだ。
口当たりのいい白玉を浮かべた冷やし汁粉は格別の味わい。
そして、柔らかな杏仁豆腐にミントの葉を添えたものも清涼感を呼ぶ。

八月の下旬に、着物を着て出かけたときのこと。
厳しい日差しが容赦なく照りつけて、いくら夏物の風を通す着物とはいえ、帯のあたりには暑さがこもる。
日傘をさしても下からの照り返しは遮ることができず、汗をしぼって炒り豆状態。
這々の体で目的地に着き、室内の涼気にホッとした。

とはいえ火照った体はしばらく冷めず、顔は茹でダコ。
控えめに扇子を使ってもとても間に合わない。
これでは先方とまともに会話もできない、困ったどうしよう、と思っていたら。

通された部屋にスイと現れたのが、お目にかかる約束をしていたご当主。
暑い中を出かけてきたことをねぎらう穏やかな言葉と、大きなグラスにはいった冷たいお茶が、なによりうれしかった。

「しばらく涼んでいただいて」

とまた一人にしてもらい、この間に私は噴きだしていた汗をぬぐい、冷たいお茶を一気に飲み、気持ちを少しずつ落ち着かせることができた。

ほど良いタイミングでご当主は部屋に戻り、一息つけた私も無理なく落ち着いて会話が進んでいった。
こんなにさりげなく心遣いをできるご当主に、なにより敬服、そして感謝。

必要な話が一段落したところでもてなされたのが、白玉のはいった冷やし汁粉だった。
甘さと冷たさが沁みわたり。

訪問を終えて玄関を出ると、門口には打ち水がしてあった。
懐かしき、打ち水の匂い。
日向くさいような、埃くさいような、しっとりした水の匂いだ。
西陽に風がわたって「新涼」の言葉が浮かんだ。
かすかにかすかに、秋の気配が漂っていた。





絵・文 : 平野えり子

1961年、静岡県生まれ、横浜育ち。
イラストレーター、エッセイスト。
山歩きや旅、暮らしについてのイラストとエッセイの作品を多数発表。
www.yes-hhh.website

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