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小さな香り歳時記 3「初夏」

今年から始まりましたコラム「小さな香り歳時記」
四季のある日本の暮らしの中で、ふと感じる季節、ふと香ってくる香りを
イラストレーターでエッセイストの平野えり子さんに綴っていただきます。(奇数月更新)
第三回目は「初夏」です。


風薫る五月。
この時季、電車に乗ると窓外の景色に釘付けになる。
田園地域を抜けて山へ向かう長距離列車などに乗れば、もう乗っている間じゅう窓にしがみついて外を眺めているほど。

それほどまでに何を窓の外に見たいのか。

新緑だ。

木々の葉の若い緑は、見てもみても飽きない。
ずっとずっと見ていたい。
みずみずしくて明るくて、見ているこちらの気持ちまで晴れ晴れさせてくれる。

新宿から松本方面に向かう中央本線に乗る機会が多い。
下り列車に乗るときは、いつも進行方向左側に席を取る。
南側だ。
内陸を走る中央本線だが、どちらかというと南側に開けた地形が広がっている。
富士山も見えるし、勝沼に広がるぶどう畑も、甲府盆地なんてもうパノラマ状に見渡せる。
この路線は眺望絶佳だ。
四季を通じて窓の景色は美しいが、とくに初夏はもう窓にかぶりつき。

目の前に連なる山は新しい緑に覆われて、みずみずしく光っている。
コナラ、ミズキ、サクラにハゼ。
木によって少しずつ緑の色が違っているのも目に楽しい。
山の一部が濃い緑のところは、常緑の針葉樹だ。
この深緑色と隣り合って、ますます落葉樹の新緑を味わえる。

トンネルを抜けて、谷を通り、鉄橋も渡った。
高原の駅に着いたころには、もう目の中に緑色が溢れてこぼれ出しそうだ。

二時間の鉄道の旅、やり遂げた。満足した。
先月この駅に来たときは、芽吹きのころだった。
まだおずおずと小さな葉を折り畳んだままだった樹々が、今は気持ちよさそうに葉を広げて深呼吸をしている。

駅前の木立の下に行って、葉っぱを見上げてみた。
淡い緑が光を透かして揺れている。
こちらも一緒にさわやかな初夏の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
ああ、これが新緑の香りなんだね。


絵・文 : 平野えり子

1961年、静岡県生まれ、横浜育ち。
イラストレーター、エッセイスト。
山歩きや旅、暮らしについてのイラストとエッセイの作品を多数発表。
www.yes-hhh.website

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